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マキタカオ ライフ

日々の考察と記録 It's Life, And Life Only

I Shall Be Reliesed

日々の考察

言うまでもなく、ディランの有名な曲の題名である。
歌詞の翻訳は、いずれするつもりである。

Be Reliesedというのは解き放たれる、解放されるということである。
捕まった状態から捕まっていない状態、フリーな状態になることである。
I Shallなんとかというのは、強い意志を示す。
ここでは、どんなことがあってもなんとしてでも解放されるぞ、ということになる。
束縛から解き放たれるときがきた、という感じか。

で、言葉の呪縛からのリリース(解放)ということである。
言葉は、その意味、概念を含み持つ。
ある状態をある言葉で定義づけたとき、その状態はその言葉の概念の内側のものとなり、限定されてしまう。
たとえば、「この子はひと見知りで」と言ったとき、この言葉が発せられた場所にいる人たちそれぞれに、話し手と聞き手とあと、この子に、ひと見知りという言葉が貼りつく、と想像してみる。
その貼り付いた「ひと見知り」の概念は、貼り付いたひとそれぞれ、少しずつあるいは大きく違う。
またその貼り付き具合もそれぞれである。瞬間接着剤から仮止めマスキングテープまで。

言葉が強烈に貼り付いた場合、とくにそれがネガティブな概念を貼り付かれたひとが持つ場合、非常にやっかいなことになる。
言葉の呪縛。なかなか取れない。
自分の発した言葉で自分自身を縛っている場合も多い。
思い込み、決めつけ。
よくない意味での自己暗示。

身体に聞いてみる。
身体のシグナル、気持ちいいか気持ち悪いかとか、ときめくかときめかないか(こんまりさん)とか。
ときめかないことにこだわっていることはないか。
口癖のなかに、ときめかない言葉はないか。

まずは、言葉の呪縛を認識する。
そしてそれを見極める、分析する。
ひとつではなく、いくつもあるかもしれない。
それらが関連しているかもしれない。
いつどこでだれがどうしてどのように、とか。
どういう概念で発せられ、どういう概念を自分は持っているか、とか。
自分の思い込みの程度はどうか、自分で自分を縛っているのでは、とか。
納得はできなくても、理解するだけでそこそこ解放されるかもしれない。

なんとしても解放されたいという意思。
あと、呪縛のほうではなく、解放のほうに目をむけるとか。
束縛のほうではなく、自由の方に目をむけるとか。
そういう意味では、逆にときめく言葉をいっぱい貼り付けてやればいいだけのことなのかもしれない。

次回は感情(喜怒哀楽)のもと、現象と原因について考える。

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